この記事では、過去のNOTICE OF AMSに掲載されたLurieの記事を解説しています。LurieはJoyalの推し進めたquasi圏を圏論の正統な一般化として採用して [katex]\infty[/katex]-圏という名前でさらに理論を展開させました。Lurieはその記事の中で、quasi圏が圏論の正統な一般化であるといういくつかの根拠を述べています。今回はそれを見ていきたいと思います。
Lurieの主張は、 [katex]\infty[/katex]-圏とは圏論と古典ホモトピー論の一般化であるということです。
話の構成は、まず位相空間から誘導される基本亜群の例を見ます。この(圏である)基本亜群は高次のホモトピー群を反映しないので空間から構成される圏で高次のホモトピー群の情報まで持っている圏の一般化として適当なものは何であるかの話をします。次に空間から誘導される単体集合の性質をみて、それがもとの空間の情報と本質的に変わらないことをみます。一方で、圏はある種の単体集合と対応していることを述べて、空間由来の単体集合と圏由来の単体集合の2つの性質の比較を行います。そして、 [katex]\infty[/katex]-圏がそれら2つの一般化になっていることを確認します。最後に、位相空間から誘導される [katex]\infty[/katex]-圏がホモトピー不変であることから、古典ホモトピー論の一般化としての位置づけであることを主張して記事を終えています。
What is an ∞-Category?
基本亜群
代数トポロジーにおいて最も重要な不変量のひとつに基本群があります。基本群 [katex]\pi_1(X,x)[/katex] とは与えられた空間 [katex]X[/katex] と基点 [katex]x\in X[/katex] に対し、 [katex]X[/katex] 上の [katex]x[/katex] から [katex]x[/katex] への道の集合(をホモトピーで割ったもの)で定義されます。
[katex]\pi_1(X,x) = \text{Map}_X(x,x)/(homotopy).[/katex]
もし、特別な基点 [katex]x\in X[/katex] をとりたくない場合、基本群の代わりに基本亜群 [katex]\pi_{\leq 1}X[/katex] を考えることが出来ます。この場合の基本亜群 [katex]\pi_{\leq 1}X[/katex] は対象が [katex]X[/katex] の各点 [katex]x[/katex] であって、2点の間の射はその間の道の集合 [katex]\text{Map}(x,y)[/katex] をホモトピーで割ったものです。Xの基本亜群はその基本群よりも少し多く情報を持っています。Xの基本亜群は道の連結成分の集合 [katex]\pi_0X[/katex] と、各連結成分の基本群を決めます。この場合の連結成分は [katex]\pi_{\leq 1}X[/katex] の対象で、基本群 [katex]\pi_1(X,x)[/katex] は圏 [katex]\pi_{\leq 1}X[/katex] の対象 [katex]x[/katex] 上の自己同型群になります。
[katex]Ob(\pi_{\leq 1}X) = \pi_0X,\ (\pi_{\leq 1}X)(x,y) = \text{Map}_X(x,y)/(homotopy).[/katex]
圏論の言葉を使うと、それらの情報を良い形でまとめることが出来ます。
特異複体
基本亜群 [katex]\pi_{\leq 1}X[/katex] は高次ホモトピー群 [katex]\{\pi_n(X,x)\}_{n\geq 2}[/katex] に関する情報を何も持っていません。この種の情報を復元するためには、[katex]X[/katex] の点と道の情報だけでなく、任意の非負整数 [katex]n[/katex] に関する連続写像の集合 [katex]\text{Sing}_n X = \text{Hom}(\Delta^n, X)[/katex] を考える必要があります。ここで [katex]\Delta^n[/katex] は位相的 [katex]n[/katex]-単体とします。
ここで3つの問を挙げます。
- (A) [katex]\{\text{Sing}_n X\}_{n \geq 0}[/katex] に対する数学の対象は何か?
- (B) その数学的対象は、[katex]X[/katex] についてどれほどの情報を知ることが出来るのか?
- (C) この数学的な対象はどの程度まで圏論的に振舞うのか?
単体集合
(A)の疑問に答えるため、[katex]\{\text{Sing}_n X\}_{n \geq 0}[/katex] が単体集合の構造を持つことを述べたいと思います。任意の単調非減少関数 [katex]f : \{0,1,\dots,m\} \to \{0,1,\dots,n\}[/katex] に対し、誘導された写像 [katex]f^\ast : \text{Sing}_n X \to \text{Sing}_m X[/katex] が定義できます。この写像は単体の間の線形写像 [katex]\Delta^m \to \Delta^n[/katex] を合成することにより与えられます。例えば、 [katex]f : \{0,1,\dots,m\} \to \{0,1,\dots,n\}[/katex] を、[katex]i[/katex]番目を飛ばす単射から得られる写像 [katex]d_i : \text{Sing}_n \to \text{Sing}_m[/katex] は、 [katex]X[/katex] の [katex]n[/katex]-単体をその [katex]i[/katex] 番目の面に送る写像です。単体集合 [katex]\text{Sing}X[/katex] は位相空間 [katex]X[/katex] の特異複体とも呼ばれています。
Kan複体
質問 (B) に対する答えは “本質的に全て” です。少なくとも代数トポロジーを専門とする人にとってはそうです。より詳細には、特異単体 [katex]\text{Sing} X[/katex] から元の空間 [katex]X[/katex] に(弱)ホモトピー同値となる位相空間の構成に用いることが可能となります。結果として、元の空間 [katex]X[/katex] を忘れて単体集合 [katex]\text{Sing}X[/katex] を直接研究したとしても何も情報が落ちません。実際に、単体集合を位相空間の代わりとして使うことで、組み合わせの言葉全体の枠組みの中で代数トポロジーの理論を構築することが可能です。しかしながら、すべての単体集合Sが空間の特異単体のように振舞うわけではありません。従って、研究対象として “良い” 単体集合の集まりを取り出す必要があります。そのためにいくつかの言葉を定義する必要があります。
[katex]S = \{S_n\}_{n \geq 0}[/katex] を単体集合とします。ここでは [katex]S_n[/katex] と書くことでn-単体 [katex]\Delta_n[/katex] から位相空間 [katex]X[/katex] へのすべての連続写像からなる集合と思ってみてください。空間は実際に存在しなくてもかまいません。任意の [katex]0 \leq i \leq n[/katex] に対し、別の集合 [katex]\Lambda_i^n(S)[/katex] を定義します。この集合は [katex]\Delta^n[/katex] から [katex]\Delta^n[/katex] への部分的に定義された写像から成る集合と思うことが出来ます。明示的に言うと、写像の定義域は [katex]i[/katex] 番目の頂点を含む [katex]\Delta^n[/katex] のすべての面から成ります。[katex]\Delta^n[/katex] のこの部分集合 [katex]\Lambda_i^n(S)[/katex] は [katex]i[/katex]-hornと呼ぶこともあります。形式的には、 [katex]\Lambda_i^n(S)[/katex] は [katex]S_{n-1}[/katex] の “同時に満たされる” 元の全ての列 [katex]\{\sigma_j\}_{0\leq j\leq n,j\neq i}[/katex] の集まりで定義されます。ここでいう “同時に満たされる” とは、 [katex]0 \leq j \lt k \leq n[/katex] かつ [katex]j\neq i\neq k[/katex] なる [katex]j,i,k[/katex] に対して、[katex]d_j \sigma_k = d_{k-1}\sigma_j \in S_{n-2}[/katex] となることを指します。この集合に対し、[katex]\tau \mapsto (d_0\tau,d_1\tau,…,d_{i-1}\tau,d_{i+1}\tau,…,d_n\tau)[/katex] によって与えられる制限写像 [katex]S_n\to \Lambda_i^n(S)[/katex] が存在します。
単体集合 [katex]S = \{S_n\}_{\geq 0}[/katex] は、写像 [katex]S_n \to \Lambda_i^n(S)[/katex] が任意の [katex]0 \leq i \leq n[/katex] に関して全射となるとき、[katex]S[/katex] はKan複体であると言う。
言い換えると、[katex]S[/katex] がKan複体であるとは任意のhornが [katex]S[/katex] の [katex]n[/katex]-単体で満たせる時です。ざっくり言って、Kan複体は位相空間の特異単体に似た単体複体です。特に、位相空間 [katex]X[/katex] の特異単体 [katex]\text{Sing} X[/katex] はいつでもKan複体になります。
圏のnerve
問 (C) について考えたいと思います。特異複体が圏のように振舞うとはどのような意味においてでしょうか。この問いに答えるために、圏と単体集合の間の密接な関係の存在について観察してみたいと思います。任意の圏 [katex]C[/katex] と任意の整数 [katex]n\geq 0[/katex] に対し、 [katex]C_n[/katex] を長さ [katex]n[/katex] の全ての合成可能な射の鎖
[katex]C_0 \to C_1 \to \dots \to C_n[/katex]
からなる集合とします。この集合 [katex]\{C_n\}_{n\geq 0}[/katex] の集まりは単体集合の構造を持ち、圏 [katex]C[/katex] のnerveと呼ばれています。逆に圏 [katex]C[/katex] のnerveは [katex]C[/katex]を同型の差を除いて一意に決めます。例えば [katex]C[/katex] の対象は単に [katex]C_0[/katex] の元で、[katex]C[/katex] の射は [katex]C_1[/katex] の元に対応します。
従って、単体集合は圏の定義の一般化と見なしたくなります。この一般化はどれくらいギャップがあるのでしょうか。つまり言い換えると、単体集合を圏のnerveと見なせるとはどのように言えばいいでしょうか。以下の結果はその問の答えとなっています。
[katex]S = \{S_n\}_{\geq 0}[/katex] を単体集合とする。この時、[katex]S[/katex] がある圏 [katex]\mathcal{C}[/katex] のnerveに同型であることと、任意の [katex]0 \lt i \lt n[/katex] に対して、写像 [katex]S_n \to \Lambda_i^n(S)[/katex] が全単射になることは同値。
上の命題の過程はKan複体の定義とよく似ていますが、2つの重要な側面で異なります。定義1では任意のhornが [katex]n[/katex]-単体で満たされる必要がありました。上の命題は [katex]0\lt i\lt n[/katex] の場合にだけ満たせばよいですが、満たすべき [katex]n[/katex]-単体は一意である必要があります。いずれの仮定も互いに独立していますがそれらは共通の一般化を持ちます。
単体集合は [katex]S[/katex] は、任意の [katex]0 \lt i \lt n[/katex] に対して、写像 [katex]S_n \to \Lambda_i^n(S)[/katex] が全射になるとき、[katex]\infty[/katex]-圏であるという。
[katex]\infty[/katex]-圏の定義は、ホモトピー不変な代数構造の研究の中で(弱Kan複体の名前で)BoardmanとVogtによって導入されました[1]。[katex]\infty[/katex]-圏の理論は、Joyalによってさらに推し進められました[2]。Joyalは[katex]\infty[/katex]-圏をquasi圏と呼んでいました。
[katex]C[/katex] を圏とします。この時nerve [katex]\{C_n\}_{n\geq 0}[/katex] は [katex]\infty[/katex]-圏となり、それらは [katex]C[/katex] を同型の差を除いて一意に決めます。結果として [katex]\infty[/katex]-圏 S = {Sn}n≥0 はある種の一般化された圏と思うことが出来ます。[katex]S[/katex] の対象は [katex]S_0[/katex] の元で、[katex]S[/katex] の射は [katex]S_1[/katex] の元に対応します。 2つの射 [katex]f , g \in S_1[/katex] が与えられたとすると、その “合成” (つまり、[katex]g[/katex] の定義域と [katex]f[/katex] の値域が一致する場合)は、以下の図式で描かれたものと見なします。
[katex] \begin{array}{ccccc} && y && \\ \\ & f\nearrow && \searrow g & \\ \\ x && \overset{h}{\dashrightarrow} && z. \end{array} [/katex]
射 [katex]f[/katex] と [katex]g[/katex] はhorn [katex]\sigma_0 \in \Lambda_1^2(S)[/katex] を決めます。もし [katex]S[/katex] が[katex]\infty[/katex]-圏ならば、このhornは [katex]2[/katex]-単体 [katex]\sigma \in S_2[/katex] で埋められます。この時、新しい射 [katex]h : x \to z[/katex] を [katex]\sigma[/katex] の辺を走るものとして定義します。この射は [katex]f[/katex] と [katex]g[/katex] の合成と見なせます。[katex]2[/katex]-単体 [katex]\sigma[/katex] は一般に一意とならないので合成 [katex]g\circ f[/katex] は明確な定義ではありません。しかし、([katex]n \gt 2[/katex]に関する)定義3のhorn-filling条件を使えば、[katex]h[/katex]は “ホモトピー差を除いて” 定義可能になります。 これは十分に良い定義となります。つまり、ちゃんとした[katex]\infty[/katex]-圏の理論、即ち、圏論の基礎的アイデア(極限、余極限、随伴、などなど…)の多くの一般化を含む理論が存在します。
[katex]\infty[/katex]-圏
定義3は古典圏論のより進んだ展望に向けたはじめの一歩にすぎません。それは高次圏の理論です。[katex]\infty[/katex]-圏とは任意の [katex]k[/katex]-射が [katex]k\gt 1[/katex] において可逆であるという条件を満たす高次圏と思うこともできます。
任意の位相空間 [katex]X[/katex] に対し、単体複体 [katex]\text{Sing}X[/katex] は [katex]\infty[/katex]-圏となります。 [katex]\text{Sing}X[/katex] は空間 [katex]X[/katex] を(弱)ホモトピー差を除いて一意に決めるので、 [katex]\infty[/katex]-圏の理論は古典ホモトピー論の一般化と思えます。
例4と例5はともに分野の精神を伝道しています。つまり、[katex]\infty[/katex]-圏の理論は圏論とホモトピー論の組み合わせたものと見なすことが出来て、その両方の特徴を持っています。古典圏論は代数構造の研究のための用語が提供された場であった一方、[katex]\infty[/katex]-圏の理論はそれらのホモトピー論的な立ち位置のための類似の用語が提供されている場になっています。
※参考
[1] J. M. Boardman and R. M. Vogt, Homotopy Invariant Structures on Topological Spaces, Lecture Notes in Mathematics 347, Springer-Verlag, Berlin and New York, 1973.
[2] A. Joyal, Quasi-categories and Kan complexes, Journal of Pure and Applied Algebra 175 (2002), 207-222.
[3] J.Lurie, What is an ∞-Category?, NOTICE OF AMS, September 2008, p.949-950